2014.10 ピスタチオガーデン、ポストハーベストの物語

ピスタチオ農園, イラン産ピスタチオ


二度目のイラン、ピスタチオの産地、シルジャン。前回8月は収穫前に初めてイランの地に踏み入れた訳だが、今回は1ヵ月間、ある種じっくり腰を据えて、パートナーのモスタファと今僕らができるベストなピスタチオを日本に持ってくる為、あっちへ行きこっちへ行きと、様々な農園を見て回りながら、小さな農家から大規模な農園を運営しているファミリーと会ってきた。

 

 

農家の方々の想いや、4th Avenue, Pariz Nutsのコンセプトを共有して、一、パートナーとして、これから末永い関係を作っていく話し合い、そして収穫からプロセス、選別、パッケージ、輸出の準備まで、1ヵ月間モスタファとあたふたしながらも出来る限りをやってきたつもりだ。

 


 

 

-大規模なピスタチオ農園を経営しているアハマッドファミリー-

イラン産ピスタチオ, ピスタチオ農園

 

初め、日本のパートナー会社と協力して10トン位を入れるつもりで、進んでいたのだが、アメリカのピスタチオ始め、ナッツ類の不作、高騰によって、イランの市場も同じく吊り上げられた。


日本のパートナー企業も、メンターとして、顧問のような形でいつも支えてくれるのだが、それでもビジネスはビジネスとさっぱりとしていて、厳しさを体感すると同時に、そうした困難をひとつひとつ自ら考え、乗り越えるよう成長を促してくれているようにもひしひし感じる。


そんなこんなで、大規模ピスタチオ農園のアハマッドファミリーとパートナーとしてまずは10トンから一緒にやっていく話しを詰めていたのだが、日本の市場と金銭面×リスク(初心者集団)で折り合いが付かず、アフラトキシンのリスクも鑑みた結果、今、モスタファと僕たちが持ち得る範囲の予算内で、準備することにした。

 

そうと決まれば、ピスタチオはモスタファの農園に絞る。全体として3トン強だ。

 

何が一番心配かというと、アフラトキシン。だからケルマン州で最も優れたラボラトリーに何度も足を運び、細かい点を粘り強く聞いた。担当のドクターは話していても優秀で、的を得た答えを伝えてくれる。そして人もイイ。僕たちの質問にも根気よく、サンプルや例を見せながら丁寧に教えてくれた。

 

要点としては、
1、クローズマウスはアフラが0である

2、黄ばみ、黒ずみ、殻が変形しているもの、割れているものは多少なりリスク

3、アクバリ、アガエイなどは大きくオープンする時期も早いので、アフラのリスクが高まる

4、ファーミング中は、虫のコントロールが大事。(オーガニックでも虫はコントロールできる!)

5、収穫二週間前の灌漑はダメ。湿気が高まるから。

6、収穫は早い時期に

7、地面についている実は使わない。

8、海は湿気が多いので、リーファーがgood. 15℃以下で空気の流れがあるのなら別にリーファーじゃなくても良い

 

結論を言うと、「良い農園」を選ぶということに尽きる。

イラン産ピスタチオ, ピスタチオ農園

 

 

しかし、もうすでに収穫してしまったモスタファのガーデンには上の内2点に抵触している。(二週間前の灌漑と、地面についた実)と言っていても、それは次回に活かすとし、まずは選別する場所だ。


いくつか候補はあったが、パリズという丘の上にある小さな町のモスタファの実家で、石でできたひんやりとした部屋を徹底的に清掃し、

そこにビニールシートを敷いた。さらに、奥の倉庫にあったピスタチオ三トンを二人で、「そろそろ腰が砕けるな」「全然パワーないやん、俺余裕やし」みたいなことを互いに言い合いながら、5時間かけて、運び終える。


それと同時に、収穫の時なんかにも手伝ってもらってる、アフガニスタンの人が住んでるエリアに行って、交渉。

そしてようやく選別プロセスがスタートした。


最初は、いかに日本基準を徹底させるかで、「逐一コントロールしなきゃなと、最初に研修なんかも多少なりして、」と思っていたが、皆を車で朝5時にピックアップし、荷台にも乗ってもらい、つくやいなや、選別スタート! なんの説明もしてない。


でも、ラボラトリーで教わったものを僕とモスタファが見本を見せながら、わかってもらうように身振り手振りで伝える。さらに一回目の選別は悪いものを除くことにフォーカスし、それを乗り越えたピスタチオ群を、次は良いものだけ選別箱に入れていくという、ダブル選別をひらめき初日から導入。


初日はモスタファと僕が、最終チェックを兼ねる、選別箱の役割を果たしたのだが、第一選別が4人だったので、選別箱のピスタは全く消化しきれず山のように残り、皆が帰った後も、モスタファと二人、必死に夜遅くまでやった。とにかく腰が痛いし、単調な作業をひたすらやるのは、なかなか辛いものだ。


でもアフガンの人たちの地道な選別作業は真剣で、選別度も高く、ガールズトークしながら「娘を日本につれて帰ってね。はははー」なんて言われたりでやってくれた。




イラン産ピスタチオ, ピスタチオ農園

 

37歳の女性お母さんが生まれたばかりの赤ちゃんと、10歳位の息子と、ナシメという若い女性を連れて来ていた。

 

そのお母さんは、13歳で結婚して、今7人の子供がいる。ナシメは、次女。顔立ちははっきり綺麗で利発的。そのしっかり具合に20代かと思っていたけど、よくよく聞くと16歳。それには日本との違いに驚いたが、

 

「教育受けたことある?」と、勇気を振り絞った様子で僕に聞いてきた。「うん、まぁね。ナシメは?」

 

ふぅんと言った感じとちょっと目を輝かせるように、でもすこし照れた風に「ない。。」 「hmm, 」

 

 

周りは打ち解けてきて、にぎやか。それでも、これはありきたりの話題のひとつというより、もっと奥になにかがある気がして、別に飛び交うトピックに流されないよう、

 

「私、医者になりたいの。」と言った。

 

今は読み書きを家で少し勉強してるくらい。

 

タリバンの情勢不安からリスクを負ってボーダーを超えてきた不法移民として来ている身としては、学校に行くのすら困難なのだ。

多めにお金を払ってどうにか入れてもらうこともあるみたいだけど、稼ぎも良いとは言えないし定職にも就くのも難しい。そもそもアフガンの男性の多くは女性が教育を受けることは間違っているという風になっている。

ナシメのお父さんも例外ではなく。

 

彼女と話していても、深い部分での意志が強く、「きっと僕なんかよりよっぽど頭が良くて、素質もあるのに」と思いながら、「still you are young, you have lots of potential in the future. you have a chance to be a doctor」と言って、その話しは終わった。

 

赤ちゃんや、弟妹の面倒を見、家事をし、こういう季節労働をする16歳。もちろん恋愛なんてもってのほかで、お金持ちの人が親にお金を払って、娘を買っていく。

そんな世界。

 

モスタファは話しが深入りしてくると、あんまりちゃんと訳さないようになってきた。「Just Translate!」と言っても、「ペルシャ語で直接話せよ」とか言ってはぐらかす。

「あんまりアフガンの人たちと深く関わると、危ない。話してるだけでも、変に噂が伝わったらアフガンの人は何をしでかすかわからない。平気で喧嘩したり人を殺したりもするんだから。」とモスタファは言う。「まぁね。。そこら辺はちゃんと僕も色んな国で過ごしてきた訳やし、わきまえてるつもり。会話もちゃんとコントロールするし。だから僕が言うことをそのまま訳してくれたらいいねん」

 

そんなやり取りがありつつも、モスタファと僕はこういう現状はある種悲劇だという共通認識は持っており、イランは国際社会が入ってきづらい分NGO/NPOなんかも極端に少ないので、ビジネスを通し、”ポテンシャルはあるけど、どうにもできない”っていう状況から”自らのポテンシャルを追求できる”という当たり前の環境を徐々にでも生み出していきたいと話した。

  

イラン産ピスタチオ, ピスタチオ農園

 

朝4時には起きて、彼女たちを5時前にはピックアップして、15時頃までの作業。それと同時に、カートン工場でパッケージを選び、デザインしたり、デーツやレーズンの準備や現地視察、交渉も進めてたり、船会社の選定、通関業者との打ち合わせ、アフラのサンプル採取や、ビザの延長、オーガニックについて、などなどやる事が朝から晩まで山ほどあった。

 

そんな作業が、3日、1週間と続き、計画では三トン位なら3、4日で終わらせれると思っていた選別が、結果10日近くかかった。

 

学びは大きかった。それを反省する間もなく、そのピスタチオを袋詰め作業や、選別で弾かれたものをマーケットに売りに行ったり、あっという間に1ヵ月以上過ぎ、僕が居るうちに最後の輸出作業までには行き着かなかった。

 

モスタファは、学生の時から家族に助けられながらも1人でコンピューター販売会社を立ち上げて、4階建てのビルと家を建てたほどの人。地に足が付いており、それでも僕がイランに居ない時は、ほぼ1人で取り組んでいる。

 

「イランという国に居ると、わかると思うが、時々気持ちが陰鬱になる。。まぁそんなことは言っていられないが。」


 

モスタファの実行力は凄いものがある。もう37歳だから僕がいうのもなんだが、ひとつひとつの動きが堅実で大人だ。そこには絶大な信頼がある。

 

弱みは、タイムマネジメントや計画を作った上での行動面。そこを僕が補完しつつ、お互い理解し合いながら1つの会社として、1つのミッションを共有してこれからも進んでいくならば、イランと日本、そして世界に広がるたくさんの国々へ、ビジネスは拡大していくんだろうと思う。それと同時に大きなソーシャルインパクトを与えていける会社であればと思うのだ。